暗黙の「国のために尽くす」という前提
「教育投資が日本を変える」という本を読んでいます。
まだ100ページほどしか読んでいませんが、ここまでで学んだこととしては、
- 10〜20年後、日本の労働人口の49%がAIが代替できる可能性が高い
- 日本人はクリエイティビティに乏しい
- これからは志を持って主体的に学んでいく姿勢が重要
- アクティブラーニングの有用性は実証されている
- 議論で相手を納得させようとすることで論理的思考力が高まる
- 不確実な世界を生き抜くために求められるのは、受け身型、指示待ち型の人材ではなく、自ら企画し、高い志を持ち、多様な他者と協働しながら、新しい価値を生み出す主体性や創造性、起業家精神を備えた人材
- 子供二人を大学まで卒業させるのに必要な学費を計算すると2,600万円(小中が公立・その他が私立)
- 一人ひとりが自分の能力を最大限に発揮して、豊かで充実した人生を遅れる社会で、失敗しても再チャレンジできる社会であれば一体性と安定性は保たれる
- ↑だから教育は大切
です。
なぜ、社会の一体性と安定性を保つ必要がある?
ここまで読んだ限りで疑問に思いました。
少子化が進み、高齢者の割合が高くなった日本を支えるのは若者だと言われます。
少子化が進み、アカデミックな分野でもノーベル賞受賞が減り、国が縮小するのは確からしいかもしれませんが、それがなぜまずいのでしょうか。
もちろん、個人的にそうなって欲しいわけではありませんが、前提としてそのように話が進んでいることに疑問を持ちました。
「なぜそう考えるのか?」を突き詰めていく習慣をつけて読んでみると、また新しい発見がありますね。
今の会社で求められる役割
教育を良くしたいという思いで立ち上げた企業で、中高生向けの学習塾とキャリア教育プログラムを実践する以上、まさに
「不確実な世界を生き抜くために求められるのは、受け身型、指示待ち型の人材ではなく、自ら企画し、高い志を持ち、多様な他者と協働しながら、新しい価値を生み出す主体性や創造性、起業家精神を備えた人材」
を育てることを目標としています。
教育者として目標にするということはつまり、自分たちがそれを目指していなければいけません。
「先生ができていない・目指そうとしていないのに、なぜ僕たちに押し付けるのか?」
生徒にそう言われないためにも、学び続けて主体的に活動していけるようにしようと思います。
「個性だから」「自分は目先の活動を良くすることが好きだから」というスタンスで居てはいけない組織なのは、教育を扱い、キャリア教育を推し進めている立場だからですね。